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東京地方裁判所 昭和62年(刑わ)1820号 判決

主文

被告人を懲役八月に処する。

未決勾留日数中二〇日を右刑に算入する。

押収してあるサバイバルナイフ一本を没収する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、

第一  昭和六二年七月一一日午後一一時四五分ころ、東京都台東区上野公園八番地先広場において、アベックをのぞき見していたA(当三六歳)から、立ち去るよう手で合図されたが、これを無視したところ、同人からいきなり胸倉をつかまれ、前後に揺すられ、更に暴行を加えられそうになったことから、自らの身体等を防衛するためその必要な程度を超え、同人に対し、所携のサバイバルナイフでその顔面を切りつけ、よって、同人に加療約七日間を要する顔面及び左頬部切傷の傷害を負わせ

第二  業務その他正当な理由による場合でないのに、前記日時場所において、刃体の長さ約一〇センチメートルの前記サバイバルナイフを携帯し

たものである。

(証拠の標目)《省略》

(弁護人の主張に対する判断)

一  弁護人は、判示第一の事実につき、被告人の本件傷害行為は、過剰防衛に当たる旨主張するので検討するに、前掲各証拠、なかんずく、被告人の当公判廷における供述によれば、本件犯行前後における状況は、次のとおりであったことが認められる。すなわち、被告人が本件犯行現場である公園のベンチに座っていたところ、被告人の近くにいたアベックをのぞき見していた被害者が、右アベックは近くに被告人がいるために遠慮していると考え、被告人に対し遠くに行くよう手で合図を送ったが、被告人はこれを無視してそのままベンチに座っていたこと、被害者は被告人の右態度に憤慨して、被告人のところに近付き、いきなりその胸倉をつかんで、前後に揺すったこと、被告人は、被害者から更に暴行を加えられるかもしれないと考え、とっさにポケットから判示サバイバルナイフを取り出し、いきなり同人の顔面を切りつけたこと、被告人は、被害者がひるんだすきにその場から立ち去ろうとしたが、あとを追ってきた被害者からえり首をつかまれ、その手から逃れるため、更に同人の顔面を切りつけたこと、被告人は、前記サバイバルナイフを取り上げようとする被害者ともみ合って倒れ、それを奪い合ううち、駆けつけた警察官によって逮捕されたことが認められる。以上の事実に、被告人は四九歳で片足が義足であること、これに対し被害者は三六歳の土工で体格も被告人よりはるかに頑強であって、腕力の点でも優っていることが認められること等を併せ考慮すると、被害者からの前記攻撃は、被告人に対する急迫不正の侵害に当たり、被告人の本件犯行は、被害者からいきなり攻撃されたことに対し立腹していた面があるとはいえ、被害者からの右攻撃に乗じて積極的に加害行為に出たものとは認められないから、被害者の攻撃から自己の身体を防衛する意思のもとになされた反撃行為とみるのが相当である。ところで、被告人の右反撃行為は、判示のとおりであって、被害者からの前記攻撃に対する防衛行為としては、その防衛に必要な程度を著しく逸脱しているものといわなければならず、したがって、被告人の判示第一の犯行は、過剰防衛行為に当たることが明らかであるので、弁護人の主張は、この点において理由がある。

二  弁護人は、また、判示第二の事実につき、被告人が本件サバイバルナイフを所持していた理由は、被告人は、本件犯行の約一週間前に右サバイバルナイフを拾ったが、当時被告人は住居もなく、公園で野宿するといった生活をしており、そのため、缶詰を開けたりするためにそのまま右サバイバルナイフを所持していたものであるから、本件サバイバルナイフを携帯していたことについて正当な理由があり、被告人は無罪である旨主張するが、被告人の当公判廷における供述からも、被告人は、以前公園でけんかをしたこともあり、自分のように公園で野宿をするような生活をしているとたびたびそういう目にあうことが予想されることから、本件犯行の約一週間前に、前記サバイバルナイフを、今度けんかになった際には武器として役に立つであろうと考えて拾って、そのままこれを所持していたものであること(少くともそういう気持の方が強かったこと)が認められるのであり、右事実によれば、被告人に、右サバイバルナイフを携帯していることにつき正当な理由があったとは到底認められないことは明らかであり、弁護人の右主張は採用できない。

(累犯前科)

被告人は、

1  昭和五六年一月二一日横浜地方裁判所で常習累犯窃盗罪により懲役二年に処せられ、昭和五七年一二月一日右刑の執行を受け終わり、

2  その後犯した同罪により昭和五八年五月一六日横浜地方裁判所小田原支部で懲役一年六月に処せられ、昭和五九年一〇月三一日右刑の執行を受け終わり、

3  その後犯した同罪により昭和六〇年四月二五日東京地方裁判所で懲役二年に処せられ、昭和六二年四月四日右刑の執行を受け終わった

ものであって、右各事実は、検察事務官作成の前科調書及び右各前科に係る判決書及び調書判決二通(いずれも謄本)によってこれを認める。

(法令の適用)

罪条

判示第一の所為につき

刑法二〇四条、罰金等臨時措置法三条一項一号

判示第二の所為につき

銃砲刀剣類所持等取締法二二条、三二条三号

刑種の選択

いずれも懲役刑を選択

累犯加重

刑法五九条、五六条一項、五七条

併合罪の処理

同法四五条前段、四七条本文、一〇条、一四条(刑の重い判示第一の罪の刑に法定の加重)

未決勾留日数の算入

同法二一条

没収

同法一九条一項一号、二項

訴訟費用

刑事訴訟法一八一条一項ただし書

よって、主文のとおり判決する。

(裁判官 木村元昭)

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